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佐々木先生のお話から

2012.01.15 - 佐々木正行師範
佐々木先生が語って下さったお話の中で、私が最も印象に残っているのは、

『ポーランド人の恩返し』に関するお話です。

「大和心とポーランド魂 ~75年後の恩返し~」

1995年1月17日、阪神淡路大震災が起こりました。死者6,433名 行方不明者3名 負傷者43,792名を出す大惨事となりました。
そして、この震災で親を亡くした子供たち30名が、翌96年ポーランドに招かれ、3週間、各地で歓待を受けました。



1795(寛政7)年、ポーランド王国は、当時ヨーロッパで超大国であったロシア、プロセイン、オーストリアの3国に国土を分割され国土を失い滅亡しました。ポーランドの愛国者たちは、独立運動を起こしましたが、次々に逮捕されて家族ごと、流刑の地シベリアに送られました。それから130年後、第1次世界大戦が終わり、1919(大正8)年ヴェルサイユ条約調印により、ポーランド人は念願であった独立を果たしたのです。シベリアにいた十数万人のポーランド人は、祖国への帰国が叶えられることになりました。
しかし、1920年ロシア革命後にできたソビエト連邦とポーランドの間で戦争が始まり、ポーランド人は帰国ができなくなり窮地に陥りました。ポーランド人は困り果て、世界に向かって救援を懇願しましたが、どこの国も援助の手を差し伸べようとしませんでした。
そのような中で、ただ唯一、救援すべく立ち上がったのが日本でした。日本赤十字社と陸軍は、極寒の地シベリアに入り込み、悪戦苦闘しながら救出活動を行いました。3年近く活動を行い、約770名の親を亡くしたポーランドの孤児たちを救出、東京と大阪へ移動させしました。救出された孤児たちは、飢餓と伝染病で衰弱しきっていました。受け入れた施設では、献身的な看護とともに、我が子と同じように慈しみ親身に世話をしました。



健康を取り戻した子供たちは、順次ポーランドに送り届けられることになり、横浜港から出港する際、日本人と別れるのを悲しみ、泣いて乗船を嫌がったそうです。
この孤児救出に対して、ポーランド側から、「日本人は、我がポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本は我が国ポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかし、我が不運なるポーランドの孤児にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、我々ポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。……」と、感謝の手紙が送られました。
ポーランド人は、75年前、大正時代の日本人から受けた恩返しをするために、阪神淡路大震災で救援活動を行い、被災した子供たちを自国に招いてくれたのでした。




この日本人の誇るべき歴史、そしてその美しい心と生き方は、
我々、“和の武道”「合気道」を修錬する者にとって、
何よりも受け継いで行かなければならないものなのだと思いました。


















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